「偽医者がいる村」藤ノ木優 角川文庫

産婦人科医療の抱える問題・過疎地域の医療の問題を見事に描いています。私はかつて救急医でしたが、その一環で、一時、産婦人科や離島診療も経験させてもらいました。その時、産婦人科医療には緊急性や重篤性がしばしばあり、救急医療に通じるものがあると感じました。ただ多くの産婦人科医たちの懸命の働きの上に築き上げられた日本の出産の安全性が、いつの間にか無事に生まれて当たり前という出産の安全神話に置き換わり、出産によるトラブルが起こると訴訟になりかねないという皮肉を生み出していることには言葉を失います。助かって当たり前ということではない救急医療とは、この部分が違います。また、小説の舞台は過疎の村で離島ではありませんが、離島や過疎の地域では同じような問題を抱えています。私の赴任した離島ではなるべく地域完結の医療を目指していましたが、常に人材確保が課題だったことを思い出されます。信念をもって地域を支えるたくさんの医師の姿を見てきましたが、個人の力に頼っていては持続性を担保できません。しかし、これも他国に比べると比較的医療へのアクセスが容易な日本ならではの悩みなのかもしれません。病院がすぐ近くにある、救急車を呼べばすぐに来るというのも当たり前ではない。今の医療体制が保てなくなる日も遠い未来の話ではないのかもしれない。